1:1に学習規律は似合わない

学習者中心のICT利活用は1:1(one to one)が基本ですが、学習者側に自由になる機材があると、授業中の手遊びが抑制できないから不安で仕方ない、という話はもっぱら日本の先生方から出てくるように思います。

事実、学校のPC教室やタブレット利用シーンでは、機材の利用抑制機能(学習者機を遠隔操作ロックして画面に「先生に注目!」などと表示する)が導入上必須とされていますが、そんな「便利な」機能を重宝がっているのは日本だけです。

海外の授業で学習者がICTを使うシーンでは操作ロック機能を見ることはまずありませんし、そもそもBYOD(家庭からの機材持ち込み)を許せば、そんな統制をすることは不可能です。むしろ、授業集中させるために学習者の手遊びを抑制する発想が何故出てくるのか?そっちを考える方がよほど重要です。

iPadを活用したペアワーク(スウェーデン・ソレントゥナ市 2014)

日本では公開模擬授業をステージ上でやってみせますが、教員も学習者も舞台上で観客のいない劇を演じているようです。学習者もまた共演者なので、劇を成立させるために伏せられた授業シナリオを先読みし、授業成立のために与えられた指示には即応答し、それ以外の余計な事はしない。

「教員の指示に即応し、余計な事をしない」を徹底するのが学習規律です。学習規律によって授業シナリオに学習者の思考や反応を同期させる訳ですが、学習者側の視点に立てば、傾聴・理解・指示待ちの時間が長くなり、反応も求められた型から大きく逸脱できません。何かにつけて自分でやってみたい年頃なら、退屈に耐えるより目の前の魅力的な機材をいじりたくなるのは無理もないところですね。それはまさに「お預け」食らったワンコの気分。

 

一方、日本の授業スタイルに慣れていると(特に北欧の)授業の一種ユルさには驚く訳ですが、授業中の子ども達を見ていると、手持ちの機材で手遊び(関係のない事)をしている様子は見られません。むしろ、授業中に手遊びする余裕がない、と言った方がいいでしょうか。

特徴として気付くのは、学習者側が能動的に動く時間を比較的長く設定していることです。一斉指導は比較的短時間ですが、後にはたいがいレポーティング・ペアワーク・グループ課題が待っています。課題テーマもひとまとまりが大きく、各自で段取りを立てないと終わりません。

作業中心の課題は学習者側に任せる要素が大きいので、そのぶん学習者側も課題を引き受ける態勢が整っていないと破綻してしまいます。説明を聞いて課題作業がイメージ出来ないと後に差し支えてしまう。見た目はルーズでも、彼らも日本の学習規律とは違うルールを身に付けているわけですね。

 

仮に、日本の一斉指導に最適化された学習規律の態勢のまま、北欧のような作業中心のICT利活用課題を与えたらどうなるでしょうか。おそらく、短時間の比較的簡単な指示作業をこなす事は出来ても、いきなり、時間配分と作業見通しを持って期限までに複雑な課題を達成するのは難しいでしょう。

作業中心のICT利活用課題は一見学習者側の自由度が大きいのですが、教員が手取り足取り指導しない部分を相当学習者側が補っているように見えます。

例えば、授業中に貸与される機材・OS・操作がまちまちでも全く気にしませんし(BYODはむしろそれがあたりまえですが)、レポート形式も自分達で構造化していて、さすがと思ってしまいます。ICTを使うと情報が多すぎて拡散しがちな作業を自ら組み立てるには、基礎スキルと経験の積み重ねが必要で、当然、一朝一夕には実現出来ないものです。

 

これまでのように、一斉指導でごく短時間教具なICT利活用をさせるなら、授業完遂を目的とした学習規律の考え方が通用するでしょうが、学習者中心の文具的ICT利活用では、学習者に求める能力もルールも変わるでしょう。そのための我が国での試行・検討はまだ始まったばかりです。

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