新たな情報通信技術戦略の策定に関するコメント #1
本論は、平成22年3月29日新たな情報通信技術戦略の策定に関するパブリックコメント募集について学校教育・教育工学研究の視点からコメント提出したものである(なお、このブログ文書は提出コメントに加筆修正を施した)。
本論の対象範囲は、参考資料の重点施策Ⅱ「地域の絆の再生」⑧の学校教育分野を主とするが、他の重点項目にも踏み込んでコメントする。なお、意見募集対象の1.については、他分野とのバランスを比較する視点を持たないので言及しない。
学校教育情報化に関する重点施策に関して
⑧重点施策の目的について、「21世紀にふさわしい学校教育」を実現するために指摘された3点とするのは妥当でない。むしろ、必要な目標をA)教育の品質向上と高度化、B)戦略的学校運営と効率化、C)デジタルネイティブのための知的活動支援、D)学校広報による信頼形成 の4点に求めるべきである。
重点施策に対する課題
教育分野における情報通信技術適用は、先進国の中でも遅れを取っている。これは、過去十数年にわたる教育情報化政策に構造的な欠陥が存在していることを端的に証明するものである。すなわち、従前の政策課題を根本から改めない限り、急速な利活用普及の実現は困難である。
これまでの学校教育分野における情報通信技術適用の議論は、授業実践に偏ってきたうえに、授業実践でも視聴覚教育、情報科学、実務教育、緊急避難的ネット安全教育の分野が大半を占め、その他はほとんど省みられることがなかった。
たとえば、授業実践以外の領域とは、組織経営と学校広報の2領域があり、授業実践で先に挙げた3分野以外には、CSCL(Computer Supported Collaborative Learning)、パーソナルコンピューティング、構成主義、シミュレーション&ゲーム、e-learningなどの系譜がある。本来はこれだけの広い適用範囲がありながら、特定領域・分野への偏重あるいは捨象を行った事で、俯瞰的視野の欠如と政策の劣化をもたらしたものと考えることができる。
3点の目的に対する批判
以下、3点の目的をそれぞれ具体的に批判する。
「①双方向で分かりやすい授業」は、マルチメディアによる提示効果を期待する視聴覚教育と、双方向にe-learningの影響を認めることができる。
まず、これらはいずれも教具としての扱いであることに注目すべきである。一般に、教具の選択権は学習者でなく教員の側にある。カリキュラムに手を付けず教具を充実させても、大半の教員はリスクを回避するために、古くても確実な教授方法や教具を選択する。これが授業実践で情報通信技術が普及しない大きな理由のひとつとなっている。
さらに、十分な吟味検討を行う間もなく、従前のカリキュラムを所与条件としてとらえ、情報通信技術を教具として位置付けたことで、本来、情報通信技術の潜在的可能性が教育に与えるはずのイノベーティブな要素はほとんど失われることになった。この結果、一般社会での情報通信技術の利活用が急速に進展する一方で、学校環境だけが旧態依然のまま取り残されることになったのである。
「②教職員の負担の軽減」は2006年以降の教員1人1台校務用コンピュータ配備に始まる校務情報化の影響を認めることができる。しかしながら、校務コンピュータや学校単位の校務情報システムが導入されても、教職員の直接的な負担軽減にはつながりにくい。むしろ、校内の情報共有や決裁、教育委員会や自治体からの調査依頼や通達、報告等が標準化されておらず、非効率なまま残されている要因の方が大きい。
「③児童生徒の情報活用能力の向上」の情報活用能力には、「情報活用の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」の3つの要素が規定されており、それぞれOAを前提とした実務教育、情報科学、ネット教育の3分野が対応している。だが、これらの組み立ては情報環境の未整備に加えて、情報教育自体が学校教育のなかで邪魔者扱いされた結果、きわめて不十分な内容にとどまっている。教育内容自体は、大人に必要な情報処理能力の事前学習としての意味合いが強く、学習者の生活に必要な「学びたい」知識技能というよりは、むしろ、専門家や教育関係者側の「教えたい」内容が先行しているうえに、知的発達に合わせた設計も不足している。