情報機器の学校死蔵率はどうすれば下がるか
2016/12/6に発表されたOECD PISA2015の【ICT活用調査】の分析・考察第10弾をお届けする。今回はIC009 学校の情報機器環境(利用するか否か)を元にした分析である。
死蔵率という指標
さて、各国の教育行政・情報環境整備担当者の頭痛のタネは、おそらく「対費用効果」の実証であろう。
整備事業に対して何をもって効果とするのか、には様々な考え方がある。①整備実績(おもに設置者によるもの)②稼働率(おもに学校教員によるもの)③利用頻度や心理的充足度(おもに学習者によるもの)④学力 などである。
④のような教育効果=学力は、構図としては分かりやすいが、情報機器は病院の試薬実験とは違うので、学力に対する直接効果を検討するのはきわめて難しい。普通に考えれば、利用場面が増え日常化することで徐々に学力へも効果が波及するのだから、期間は長期を前提にしなければならないし、影響の強弱には当然個人差もある。
行政の統計では便宜上①や②を扱うことが多いが、これだけでは実際に現場で使っているかどうかは証明できない。③の学習者当事者が評価に加わることで、はじめて実際に使われているかどうかが判明する。
PISA2015 ICT活用調査の情報機器利用・学校項目(IC009)は、47国/地域からの回答がある。回答者の生徒に対して、質問「次のもののうち、学校であなたが利用出来る機器はありますか。」と尋ね、「①はい、使っています」「②はい、でも使っていません」「③いいえ」の3択で回答するものだ。
対象機器は次の10項目、すなわち、
デスクトップ・コンピュータ、ノートパソコン、タブレット型コンピュータ(iPadなど)、インターネットに接続している学校のコンピュータ、無線LANを介したインターネット接続、自分の文書を保存するフォルダーなど、学校に関係するデータのための保存領域、USB(メモリ)スティック、電子ブックリーダー(アマゾンキンドルなど)、プレゼンテーションなどに使うプロジェクター、スマートボードなどの電子黒板、
である。
図 1の通り、①+②で全体の「普及率」が分かり、②/(①+②)を求めると、配備されているのに使っていない、いわゆる「死蔵率」が判明する。学校の現状を考えると、生徒に認知されぬままお蔵入りしている機材もありそうだが、そういう例は①にも②にも入らない。
生徒が何をもって「①はい、使っています」を回答するかについては具体的数値基準がなく、回答者の主観に依存するところは調査設計上弱いが、少なくとも「入れっぱなしで使っているかどうか分からない」批判をかわす数値としては意味があるだろう。
死蔵率を下げるには?
まず、47国/地域×10アイテム(情報機器)のデータをもとに、情報機器別に死蔵率の高い順に国/地域をソートしてみる。プロジェクター(図 2)・電子黒板(図3)・タブレット型コンピュータ(図4)の3つでみると、日本はいずれも死蔵率トップか3位である。いずれも嘆かわしい状況であることには変わりはないのだが、ひとつ気になる点が出てくる。死蔵率が何に由来するのか、言い換えると、どうすれば死蔵率が下がるのか、ということだ。
例えば、「他国と比較すると日本は普及率が低過ぎるから、配備普及率を上げれば死蔵は減るのだ」という考えもあれば、「いやいや、学校に使えとプレッシャーをかけるとか、研修等で使い方を指南すればよいのであって、普及率は関係ない」という意見もあるだろう。教育行政の立場からすれば、「モデル実証で入れてはみたけれど、現場ではさっぱり使われない、さてどうする?」という差し迫った問題がある。ここは是非分かりやすい証拠が欲しいところだ。
普及率と死蔵率との関係を検証する
先のグラフを普及率でソートしてみると死蔵率のブレ幅は大きいものの、大雑把にみると普及率が上がれば死蔵率が下がる傾向がうかがえる。
単回帰分析を用いてこの関係を検証する。従属変数は死蔵率、独立変数を普及率とする。SPSSのモデル要約によると調整済みのR2乗は.517であったので、これだけで約半分が説明出来ている。予測式は 死蔵率=-0.72×普及率+61.102 だから、普及率が1%上がると死蔵率は0.72%減ることになる。
表 1 回帰分析による死蔵率の予測式
モデル | 標準化されていない係数 | 標準化係数 | t 値 | 有意確率 | ||
B | 標準誤差 | ベータ | ||||
1 | (定数) | 61.102 | 1.239 | 49.326 | .000 | |
普及率 | -.429 | .019 | -.720 | -22.425 | .000 | |
a. 従属変数 死蔵率 |
予測値と実際の死蔵率プロット(10項目×47国/地域)は図の通りであるが、これではまだ正確さに欠ける。
加えるべき説明変数は何か
では、説明に足りない要因は何だろうか?国別の普及率・死蔵率傾向を見てみよう。日本(図7)・韓国(図8)・デンマーク(図9)・英国(図10)である。
日本は全般的に普及率が低いので死蔵率も高い傾向だが、プロジェクターやデータ保管領域などいくつか定石があてはまらない項目がみられる。
韓国は日本よりも相対的に普及率は高いが、実は死蔵率も日本以上に高いということが分かる。これは最初の予測式には当てはまらない傾向だ。
デンマークはICT利活用に関しては先進的なのだがデスクトップ・コンピュータの死蔵率が高い。学校ではBYOD(Bring Your Own Device)政策により、生徒は持ち込んだ機材をメインで利用し、据え付けのデスクトップ機は使わないことが推測出来る。
英国は電子黒板の普及率のわりに死蔵率が高い。一方、デスクトップPC・ネット接続・データ保管領域は普及率が高く死蔵率は極めて低い。
3要因で死蔵率を予測する
これらを総じて言うと、予測式の残り半分の要素として考えられるのは、情報機器アイテム要因と各国要因の2つ(いずれもカテゴリ変数)である。そこで今度はSPSSの自動線形モデリングに変数を投入して分析した。モデル選択は変数増加ステップワイズ法を用いた。結果の調整済みR2乗は.773で予測式精度としては良好である(図11)。
死蔵率予測は 0.724×対象国係数+0.179×普及率+0.097×情報機器係数+59.226 で求められる。
重要度は対象国カテゴリ.724・普及率.179・情報機器カテゴリ.097であることから、普及率よりも対象国事情の影響が大きいことが分かる。自動線形モデリングではカテゴリ変数を結合して対象との関連を最大化する操作と外れ値の除外を自動で行う。得られた各変数のカテゴリ分類・重要度・係数と定数項は次の通りである。
表 2 死蔵率予測式パラメータ
項目 | 重要度 | 係数 | カテゴリ | 推定平均値 |
対象国カテゴリ | 0.724 | -21.237 | ブルガリア | 21.3% |
-13.664 | オーストラリア・オーストリア・コロンビア・チェコ・ドミニカ共和国・フランス・ルクセンブルグ・オランダ・スロバキア・スイス・タイ・英国 | 28.9% | ||
-9.959 | ベルギー・フィンランド・アイスランド・イタリア・ロシア・スロベニア・スペイン・スウェーデン | 32.6% | ||
-6.165 | クロアチア・デンマーク・イスラエル・マカオ・ニュージーランド・ポルトガル | 36.4% | ||
-3.560 | チリ・コスタリカ・ギリシャ・ハンガリー・リトアニア・メキシコ・ペルー | 39.0% | ||
1.000 | ブラジル・エストニア・香港・ポーランド・シンガポール・ウルグアイ | 42.6% | ||
5.023 | 台北*・アイルランド・日本・ラトビア | 47.6% | ||
12.994 | 中国*・韓国 | 55.6% | ||
普及率 | 0.179 | -0.259 | ||
情報機器カテゴリ | 0.097 | -5.764 | ネット接続 | 33.4% |
-5.360 | デスクトップPC・プロジェクター・無線LAN・学校関係データ保管領域 | 33.8% | ||
-2.805 | USB(メモリ)スティック | 36.3% | ||
1.000 | タブレットPC・ノートPC・電子黒板 | 39.1% | ||
8.246 | 電子書籍リーダー | 47.4% | ||
定数項 | 59.226 |
対象国カテゴリのブルガリアは少し過大評価に見えるが、あとの分類はおおよそ妥当なようだ。主要ベンチマークの10カ国でみると、オーストラリア・英国>フィンランド・スウェーデン>デンマーク>エストニア・シンガポール>台北・日本>韓国である。
先ほども述べた通り、デンマークはBYOD政策で個人所有機器の持ち込み利用に移行しているので中位に位置する。アジア勢は全体で見ると下位に位置するが、シンガポールが最も上位で韓国が最下位である。日本の属するカテゴリは係数5.023で死蔵率を上昇させるので、ネガティブな国事情、あるいは政策的失敗を示唆している。
情報機器カテゴリで比較すると、最も死蔵率を押し下げるのはインターネット接続でデスクトップPCやプロジェクターがそれに続く。並び方を見る限りでは、機器の利用普及度が利いているようだ。一方で、電子書籍リーダーは明らかに学校ニーズに合っていないように見える。
まとめ
本稿の論旨をまとめると次の通りである。
- 死蔵率は生徒目線による情報機器活用度を測る指標として意義がある。
- 普及率が上昇すれば死蔵率は下降する。
- 学校の情報機器死蔵率に影響する要因と重要度は、
各国事情0.724>普及率0.179>情報機器0.097である。 - 各国事情は各国背景に加え、政策の有効度に左右されると推測され、日本が属するカテゴリでは死蔵率を押し上げる傾向が強い。
- 利用普及度の高い情報機器カテゴリほど死蔵率を押し下げる効果がある。
教育行政関係者が注目すべきは、各国事情の重要度が高いことと「普及率が上昇すれば死蔵率は下降する」という一般法則だ。世界的にみれば、日本の国事情はネガティブ傾向が強いことがハンディキャップになっており、加えて、機器整備が中途半端なので十分な成果が得られていないことを示している。
こちらの記事をGLOCOMディスカッション・ペーパーにまとめ直しました。こちらから参照可能です。
[1] IBM SPSS Statistics Ver.21を用いて処理を行った