1:1と3:1の違い
GIGAスクールの1人1台(1:1)は「学校生活全般をデジタルシフトする」こと。
3人に1台(3:1)までの考え方は「授業中にICTを使う」こと。
いままでの教育情報化整備とはレベルも目標も違う。この違いが分かっていない人が実は圧倒的。文科省の文書でさえちぐはぐな書き方がある。
教育情報化の阻害因のひとつは【矮小化と無毒化】元々のコンセプトを丸める事で効力を失わせる。
例えば、1人1台(1:1)には3人に1台(3:1)までの授業改善も当然含まれるけれど、授業改善が全てではない。授業改善だけを強調する有識者は1人1台(1:1)の事が分かっていない。
例えば、国内で1人1台(1:1)体制が成功している公立校の例はほとんどないのに、3人に1台(3:1)の実証校をそのままモデルとして拡散してしまう。
実は、3人に1台(3:1)モデルは20年以上教育情報化を停滞させた元凶なのに、検討中の人は「こんなもんか」と思う。モデルを変えずに導入すれば、普及しない。
例えば、教員・教委・業者は1人1台(1:1)のコンセプト未消化のまま、従前の学校PC配備の感覚で提案や仕様を決める。
台数は増やすけど、一斉授業前提の授業支援システムをそのまま入れる、基幹ネットワークを大増強しない。「使えない環境」が死蔵されるのは明らかだ。
3人に1台(3:1)の「授業中でICTを使う」偏重は認識に歪みをもたらす。ICTの日常化とは、総利用時間を増やすことなのに「毎授業で使う」ことに変換されてしまう。授業の外のことを誰も考えない。
例えば、手書きの連絡帳や膨大な刷り物を校内SNSに置き換える、授業シラバス・連絡・宿題の回収・添削を電子化すれば、総利用時間の増加に大きなインパクトがあるのに、教育関係者は大概スルーするか、「授業と関係無いじゃん」と鼻で嗤う。
例えば、IDに紐付いたクラウドを活用すれば授業中に仕掛かった作業を家のPCで継続出来るし、スマホでメモした写真を授業中のワークに持ち込む事も出来る。でも、授業中の技法しか考えない人には、クラウドで授業内外をつなぎ、学びを持続的に設計する発想はない。
一方こんなケースもある。1人1台PC持ち帰りやBYODが前提になると、ドリルアプリを宿題に割り当てる事例が増えるけれど、授業スタイルは一斉授業のままでICTを一切使わない。非効率な分断はデジタルシフトの先にあるDX(変革)を阻害する。
最後にもう一回繰り返しておこう。GIGAスクールの1人1台は「学校生活全般をデジタルシフトする」こと。
突如降ってきた予算を、有効に活かすもドブに捨てるも、教委や学校の勝手だが、その結果は後でしっかり問われるし、こうしたチャンスは簡単には巡ってこない。いずれにせよ、情報収集・吟味と検討・熟考は必要ということだ。