#6 日常化への急坂

学校再開したら遠隔授業も動画配信も終了。つまり対面授業の代替に過ぎなかったという事。こうして大半の学校は【日常化への急坂】から奈落へ滑り落ちてゆく。 一方【日常利用の踊り場】にたどり着いた学校だけが、ICTの力を借りて次世代の学びを展開する。格差はさらに広がるだろう。

図:教育情報化のSAMRモデルとAに至る急坂

何度も言っている通り、【日常化への急坂】は特定のスーパー教員がどんな超馬力で引っ張っても、長期的に見れば持続しないから登り切れない。遠隔授業も動画制作もしかり。スーパー教員の実践をモデルにすれば、それ以外の教員に過剰な負担がかかる。この期に及んで教員指導力を強調するのは得策とは思えない。

【日常化への急坂】を登坂して安定した踊り場へ達するには、学習者中心のICT文具的活用とデジタル情報ライフラインを整備して、とにかく全員が毎日使うこと。それ以外に解はない。コロナ禍で子どもも保護者も第一に学校に求めたのは相互コミュニケーションだ。それを忘れてはいけない。

日本の教育関係者もメディアも見た目が派手で分かりやすい遠隔授業・動画配信の事しか話題にしない。だが、コロナ禍の一番重要な知見とは、一度【日常利用の踊り場】に達した学校は、突然の休校措置にも慌てなかったし、オンライン学習への移行もスムーズだったということだ。これこそICTの真価と言えるもの。

つまり【日常利用の踊り場】とは、利用頻度と情報量の絶対量のこと。ICTで扱う圧倒的な情報量が、個々人の学びの環境を堅牢で持続可能なものにする。これが当たり前になれば、非効率で無駄だらけでスロー過ぎる奈落の世界へは二度と戻れない。

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