マイルドヤンキー論と教育情報化のフレーム課題を合わせたら面白い事が分かった

マーケ業界で流行の「マイルドヤンキー」論は少々毒気が強いので私は嫌いですが、良くも悪くも、社会の一面をうまく言い表していると言えます。上手くまとまってるなと思うのはこちら→マイルドヤンキー賞賛とその先にあるもの、、、(アメリカ/米国不動産投資日記)

業界の方々が好きな2軸表現のグラフが引用されています。これも手垢の付いた手法ですが、物事を単純化して捉えるには良い方法です。元はこちら(博報堂生活総合研究所・原田曜平「ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体」

グラフは縦軸にITスキルが置かれているので、教育情報化・情報教育を扱う者として無関係ではいられません。公教育議論で社会階層を扱うのはタブーに近いのですが、教育情報化のフレーム課題(所与条件に引っ張られて枠外問題が無視される)に絡めて考えてみると、面白い事が分かります。まず具体的には次の2つ、

1:教育情報化のフレーム課題によって、学校教育で扱うITスキル自体がフレーム化されている。参照先の縦軸にあるITスキルと学校教育で求められる(と一般に説明されている)スキルは一致しない。

2:日本の教育情報化は反知性主義と情報化フレームのスクラムによって、結果縦軸(ITスキル)の下方(Ⅲ・Ⅳ象限)が強化されている。

マイルドヤンキーだろうがギャルサーだろうが(第Ⅲ・Ⅳ象限)スマホ使ってるじゃないか、という反論が出ることでしょう。その程度ではこのグラフのITスキルは区別できません。

引用元著者の含意を言葉で補えば、
第Ⅰ・Ⅱ象限のITスキル→自立的な知的生産や構築・編集を行うスキル
第Ⅲ・Ⅳ象限のITスキル→与えられた枠内でコンテンツを消費(処理)し、コミュニケートするスキル
となります。

2は反発を覚える方も多いでしょうから補っておきますと、日本の教育の基本的なコードは、学習内容のゲートキープ・場面統制・指導・制御・監視・評価です(授業中はわたしの言った通りにしなさい、与えられた課題に正しく答えなさい)。反知性主義が加わると、思考停止・従順・根性・反復が加わります。

この発想の情報化では、ITは「授業をよく理解させるための教具」として解釈されます。大量の学習コンテンツを(表面的に)楽しく効率よく処理・消化・習得させる道具になるわけですね。手法としてはe-learningだろうがエデュテイメントだろうが、端から見ればフォアグラ・ガチョウの飼育と何ら変わる事はありません。

さて、この2つによる影響が3つめとして説明されます。

3:第Ⅱ象限は教育への関心度も投資額も高いが、情報化フレームと反知性主義が結託しているので、情報化全体に対してアンチの態度を取ってしまう。

いわゆるリベラルな教育論にシンパシーを感じる方々がアンチテクノに走りがちなのは、フレーム化によって教育情報化の一局面だけが過大に強調されているからなのです(教育を機械任せにするなんて。学習こそ人と人との対話で行われるべきだ。など)。欧州の教育議論では知性・教養とITスキルは同じ土俵で考えられるが普通なのに、日本ではなぜそうならないのか、という理屈でもあります。

授業枠と学習規律を強調し、多量の学習コンテンツを購入させ、完璧な指導制御のために指導案を何度も練り直すことが、かえって学習をハイコストで窮屈な構造にしており、多くの教師からは疎外され、学習者からは主体性と内発的動機付けを奪ってしまう、こういう不毛な情報化を続ける理由はありません。

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