1:1の利用規約を作るヒント

優れたRUP(責任ある利用方針)はテクノロジーの革新と適用を支援可能にするが、粗悪なAUP(許容される利用方針)は、かえって障害物を増やすことで技術革新を阻害し、新しい教育技術革新の普及を妨げてしまう。

Nicholas J. Sauers & Jayson W. Richardson (2019)

機能する利用規約はどう構成したらよいか

2020年も二学期に入って、そろそろGIGAスクールの機材が学校に届きつつあります。各地では「開封の儀」などのイベントが行われていますが、もうひとつ重要なのが、保護者への事前説明やAUP(Acceptable Use Policy: 許容される利用方針)と呼ばれる文書類の整備です。AUPは機器活用の目的・方法・禁止事項や場合によっては制裁・賠償に関わる学校と利用者との間の決め事を書いておくもので、契約文書のように児童生徒本人や保護者の署名を集める形式になっているところもあります。校内での一時的な利用を超えて学習者1人1台の情報端末運用を前提とする場合には、圧倒的に利用機会や時間が増えますから、この文書が重要な役割を担うわけです。

AUPについては、すでにFacebookなどで、米国教育省のガイド*1ボストン公立学校の事例*2をご紹介しています。日本国内では、例えば、文部科学省が5月に示した文書*3の末尾にある「タブレット活用のルール」をそのまま使っていたりするケースもありますが、熊本市*4のようにシンプルな書き方にしているところもあります。

このAUPの策定にあたって担当者の頭を悩ませるのは、そもそもこれまで日本国内にはAUPの典型モデルがなく、必要な要素を取りこぼすのではないか、あるいは、禁止項目だらけで読まれないような代物になりはしないか、ということです。
Flowers & Rakes(2000)*5によると、1990年代後半に分析されたAUPには、ミッションステートメント、免責条項、保護者の同意書、ネチケット、誤用に対する処置、ネットワークセキュリティ、オリエンテーション要件が含まれていたと言いますが、デジタルシティズンシップ教育の第一人者のRibble(2015)*6によると、それらは禁止や抑制の表現ばかりで、現実的には上手く機能していないと指摘しています。Ribbleは、禁止や制限ばかりの条項よりはむしろ何が期待され、どのように目標に到達するかの指針を示すようなEUP(Empowered Use Policy: 権限付与的利用方針)*7を参考にすべきと言っています。

さて、AUPの項目分類を行っている文献はなかなか見つからなかったのですが、やっとひっかかったのがNicholas J. Sauers & Jayson W. Richardson (2019)*8 です。米国で1:1が実施されている学区の75のAUPを分析したうえで、AUPには主に【使用方法・法的要素・物理的要素】の3つのコアがあるということを見出し、さらに、これらを実効力をもったRUP(責任ある利用方針)にするためのロードマップを提唱しています。
詳細はまたあらためて書こうと思いますが、文献にはロードマップとしてのキークエスチョンが用意されているので、ちょっとだけご紹介します(豊福がこれをすべて推奨するという意味ではありません)。少なくとも条項の抜け漏れを確認する用途としては使えるでしょう。

基礎的AUP(許容される利用方針)開発を導く重要質問

利用方法

  • 児童生徒はいつ、どのようにインターネットやデバイスを利用できますか?
  • オンラインでのエチケット (情報の共有など) に期待されることは何ですか?
  • 不適切な使用をした場合どうなりますか?
  • 学校では、教職員のテクノロジー利用にどのように対応しますか?
  • テクノロジーツールの適切/不適切はどのように識別されますか?

法的要素

  • テクノロジーの使用はどのように監視されますか?(例:フィルターリングや監査など)
  • 学校は、CIPA(子どもインターネット保護法2001年)の要件にどのように対応しますか?
  • 学校は、デバイスの法的誤用(例:わいせつ、いじめ、違法行為)をどう監視、対応しますか?
  • 著作権法の尊重を確実にするために、どのような手順を踏んでいますか?

物理的要素

  • 学校ではどのようなデバイスを使用が許可されますか。いつ?どこで?
  • 破損交換の場合は、手続き上どのように対処されますか(例:貸し出し、ヘルプデスク)?
  • 破損交換費用に関連した金銭的問題にどのように対処しますか?
  • デバイスへのソフトウェアのインストールや個人設定に関する規制はどうなっていますか?

EUP(権限付与的利用方針)開発を導く重要質問

利用方法

  • テクノロジー利用のための学校の目的とビジョンは何ですか?
  • 教員・児童生徒はどのような使い方をすれば、テクノロジーの力を得ることが出来ますか?
  • 児童生徒・教員は、テクノロジーの適切な使用について、どのように教育されますか?
  • 教育委員会(学校区)は、デジタル市民権をどのように定義、強調していますか?

法的要素

  • 学校はどのように児童生徒・教員への法的ガイドライン教育を行いますか?
  • 学校は、非倫理的なデバイス使用をどのように監視し対応しますか?
  • 学校は、学校の方針が法的指針と矛盾・重複しないようにするには、どうしたらよいですか?
  • 児童生徒のオンライン行動を監視するため、保護者はどのように要請されますか?
  • 学校の所有物ではないデバイスはどのように監視されますか?

物理的要素

  • 児童生徒はデバイスのメンテナンスとケアについてどのように教育されますか?
  • メンテナンスに関する児童生徒の責任は何ですか?学校の責任は何ですか?
  • 個人のデバイスと学校のデバイスでは、ポリシーはどのように異なりますか?

まとめ

暫定的な結論として、学校が策定するAUP/EUP/RUPは、起こりうるリスクへの法的対処、不適切使用に対する留意とあわせて、児童生徒・教職員のエンパワメント(技術活用による効用)について明確に述べる必要があるということですね。ご自身の教育委員会・学校ではどのような文書が検討・配布されているか、一度確認してみることをお勧めします。

補足

倫理綱領に詳しい大谷卓史先生によると、倫理綱領では「◯◯しない」という制限型規約(AUP)を【予防倫理】と呼び、望ましい行動を促すような方針(EUP)を【志向倫理】と呼んで区別するということです。予防倫理・志向倫理で検索すると、いくつか文献がヒットします(たとえばこれ)。

参考文献

*1 U.S. DEPARTMENT OF EDUCATION(2017) Office of Educational Technology, Building Technology Infrastructure for Learning. https://tech.ed.gov/files/2017/07/2017-Infrastructure-Guide.pdf(日本語訳はこちら
*2 BPS TECHNOLOGY (2020) ACCEPTABLE USE POLICY, https://www.bostonpublicschools.org/domain/2330, ボストン公立学校(日本語訳はこちら
*3 文部科学省(2020) 【事務連絡】新型コロナウイルスによる緊急事態宣言を受けた家庭での学習や校務継続のための ICT の積極的活用について, https://www.mext.go.jp/content/20200424-mxt_jogai02-000003278_515.pdf
*4 熊本市教育委員会(2020), 熊本市学習用 iPad の利用についての同意書, http://www.kumamoto-kmm.ed.jp/files/36482/173148827.pdf
*5 Flowers, B. F., & Rakes, G. C. (2000). Analyses of acceptable use policies regarding the internet in selected K-12 schools. Journal of Research on Computing in Education, 32(3), 351–365.
*6 Ribble, M. (2015). Digital Citizenship in Schools: Nine Elements All Students Should Know (3rd ed.). Washington DC: International Society for Technology in Education.
*7 McLeod, S. (2014). Instead of an AUP how about an EUP (Empowered Use Policy)? Dangerously Irrelevant. Retrieved from http://dangerouslyirrelevant.org/2014/03/instead-of-an-aup-how-about-an-eup-empowered-use- policy.html
*8 Nicholas J. Sauers & Jayson W. Richardson (2019) Leading the Pack: Developing Empowering Responsible Use Policies, Journal of Research on Technology in Education, 51:1, 27-42,


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