事業仕分けへのコメント:教育情報化政策のグランド・ビジョン再構築を

2009/11/16文部科学省は行政刷新会議事業仕分け対象事業に対する意見募集を行った。本稿は、事業仕分け対象の学校ICT利活用事業に対して、12/15送付したコメントを加筆修正したものである。

教育情報化政策のグランド・ビジョン再構築を

要約:学校ICT活用推進事業には、(1)適用領域が授業利活用に著しく偏っている、(2)キーとなる電子黒板そのものの有効性が疑わしい、(3)導入規模が中途半端で活用に不十分である、(4)導入・普及の方法に大きな課題がある、の4点の課題があるので、十分な効果が期待できない。したがって、事業仕分けで示された廃止結論は妥当な判断である。

ただし、評価コメントにもあるように、この結論は教育情報化の全てを退けるものではなく、むしろその根本を問い直すものである。我が国の教育情報化は10年以上遅滞したままで、教育の大勢には影響を与えていないが、一方で、各国の取組みは継続しており、むしろ授業利活用以外の領域に目覚ましい発展が起こっている。
本来の教育情報化とは、より統合的に進められるべきものである。直接的な教授学習効果のみならず、教育施策や学校経営に根拠データと合理的指針を与え、また、保護者・地域等のステークホルダとの信頼関係と参画協働を促すものでなければならない。
10年以上の遅滞を取り戻し、教育先進国の名にふさわしい教育情報化を推進するには、まず、教育情報化にかかるグランド・ビジョンを再構築し、必要な予算規模獲得に備えることが肝要であり、あわせて、教育関係者のみならず、国民に対する十分な説得を行うことが必要と考える。

:授業利活用への偏重
我が国の教育情報化政策は、授業のICT利活用に著しく偏っている。例えば、2006年に教員1人1台の校務用パソコン配備が決まるまで、校務の情報化はまったく手つかずであった。企業情報化と比較しても15年以上遅れており、未だ教育委員会・学校間・教職員間の連絡や情報伝達の多くは紙媒体やFAXに頼っている現状がある。日常業務にICTを用いていない教職員が、授業場面でのICT利用や指導に窮するのは無理もないことである。
また、授業利活用への偏重は、結果として学校経営や教育行政領域の情報化も遅滞させた。諸外国では教育実態のデータを集約統合し、教育行政に機敏に活用する手法が積極的に取り入れられているが、我が国では全国学力調査データの活用でさえも十分でない。

:電子黒板そのものの有効性の課題
当該事業は特定デバイスの導入にこだわり過ぎており、学習環境全般の整備という視点からみてバランスを欠いている。諸外国でも電子黒板の導入は進められているが、それが全てではなく一部に過ぎない。学習者にとって一斉学習場面で提示されるメディアは、実物投影機であれ電子黒板であれデジタルテレビであれ、双方向性を欠いた提示装置に過ぎないのであって、電子黒板であることそのものの効果はきわめて限定的である。したがって、これを授業ICT利活用の切り札として強調することはそもそも誤りである。また、電子黒板のサイズは日本の教室に最適化されていないので、40人学級の教室後部から提示文字の把握を行うことは困難である。むしろ、20人以下の少人数指導とマッチした補助教具として位置づけることが妥当であろう。

:中途半端な導入規模
当該事業の整備目標値は、学校現場での利用を前提とすればあまりに中途半端である。仮に、学校現場で日常的なICT利活用を前提とすると、授業間の10分で準備を完了させるため、一般教室に提示機材一式を固定配備することが必須となるが、電子黒板のように各校1台配備では、機材の取り合いと設置・調整の非効率さが原因となって結局稼働を抑制してしまう。また、電子黒板活用のための教員研修を行っても、日常的に利用可能でない状況では活用機会が得られず、研修内容が無駄になる怖れがある。予算規模の都合で、中途半端な事業にせざるを得なかったのならば、長期的なビジョンを先に提示すべきではなかったか。

:導入・普及方法の課題
教育情報化に関する事業展開は、大半がモデル事業や実証実験を経て普及整備事業に移されてきた。しかしながら、モデル事業で構築された方法や効果説明をもってしても、自治体の普及整備事業は遅れがちで、かつ、著しい地域格差が生じている。また、普及整備事業の一環から教員研修が行われても、教員のICT活用指導力の能力達成は50%~72%と芳しくない。これは導入・普及方法そのものの構造的な課題を疑わせるものである。
モデル事業は短期間の効果測定を目的とする研究者や、特需に対応するメーカーにとっては都合がよいが、研究指定を受ける学校では通常の教育活動に無理を生じる事も多い。特定単元を対象とした授業研究から得られる結果はシャドウ・コストを度外視した非日常的・非持続的なものになりやすいため、普及を目的とした説得論拠としては十分でない。

これら4点の課題は、当該事業のみならず教育情報化政策全般について言えることである。15年来の政策実施にあたっては、そのスキームが問い直されることもなければ、国民に対する十分な説明や説得も行ってこなかった。結局、継続事業という守られたスキームに依存することで、教育全体と情報化を俯瞰する中長期のビジョンが描かれなくなり、対国民どころか対教職員の説得力も失ってしまったと見るべきであろう。

:教育情報化政策グランド・ビジョンの必要性
事業仕分けの結論に1点救いがあるとすれば、教育情報化そのものが否定された訳ではないと言うことである。情報化の潜在的可能性はいまだ大きいものがある。我が国の教育情報化は諸外国と比較すれば10年以上遅滞したままで、教育の実態にそれほど大きな影響を与えていない。しかしながら、各国における教育情報化の取組みは継続して進められており、我が国がこれまで切り捨ててきた領域(授業利活用以外の領域)において、目覚ましい発展が起っている。
たとえば、ICT利活用の世界ランキング1位のデンマークでは、教育情報化は特にアドミニストレーションの領域で大きな効果をあげている。学校・教員と保護者間のやり取りは2年前よりデジタル化が進められているが、すでに95%を達成しており、しかも、保護者にはたいへん好評であるという。また、米国のNCLB法のように、大規模な情報集約・分析・処方を行う政策では、教育情報を効率的に集約・統合するシステムが前提とされており、根拠情報の解析に基づく教育行政の手法が確立されている。

このような状況を鑑みるに、まず、我が国にいま必要なことは、これら遅滞している領域を包括し、より説得力のあるグランド・ビジョンを再構築することである。グランド・ビジョンの主たる目的は「時代のニーズと水準にマッチした教育品質の向上」にあり、授業利活用以外に学校経営領域や学校広報領域等を幅広く俯瞰する必要がある。たとえば、事業仕分けの評価コメントにあるような「学習者との双方向性を確保した日常的学習環境」は、教育のあり方を大胆かつ野心的に変える可能性があるがが、その実現には従前とは桁違いの予算規模を必要とするのであり、グランド・ビジョンはそれらに対する挑戦に十分対抗できるものでなければならない。
加えて、より国民に対して説得的であるためには、data.govに見られるように教育情報・行政情報のオープン化を進め、世論への波及と知恵の集約、政策への参画を促す仕掛けも並行して検討すべきであろう。

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