#3 突然の休校措置に慌てない学校
文科省の実証研究指定校をはじめとして、世間には先進的ICT利活用をアピールする学校はたくさんありますが、2020年2月27日の突然の休校要請への対応が二極化したことは覚えておきたい事実です。その理由について考えてみましょう。
休校対応で学校は何をしたか
3月3日から13日まで休校となる神奈川県綾瀬市立天台小学校では、教員28人のうち25人が休日出勤。休校前の最後の登校日となる2日に間に合うよう、家庭学習に使う漢字や算数のプリント教材や、生活リズムを守るのに役立てるチェックリストなどの準備にあたった。
産経新聞 2020/2/29 https://www.sankei.com/life/news/200229/lif2002290058-n2.html
学校は固定電話の回線も少なく、生徒と電話連絡できる時間も限られる。入学式が延期されたため、新入生の連絡先を知るだけでも苦労している学校もあるという。
琉球新報 2020/4/27 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1113509.html
ICT利活用の有無に限らず、大半の学校は週末にかけて大忙しで、特に、自動印刷機はフル稼働であったはずです。現実としては、① 大量の宿題・ドリル教材の印刷と持ち帰り、② 学年末試験や成績評価にはじまり、期間中の③ 健康管理のための電話連絡や家庭訪問、④ 繁華街の見回りに至るまで、ただでさえ忙しい学年末期にさらに輪をかけた負担が教職員にかかる事になりました。
混乱が生じなかった学校もある
一方、違う反応をした学校も少数ながらありました。海外では、オンライン授業に移行する事例がいくつも紹介されています。普段からオンラインのクラウドツールを活用している学校の先生方にうかがうと、登校→休校の切り替えにそれほど大きな混乱が生じなかったと言われます。いわく「今まで”ふつうに”使ってきたので、条件が変わっても問題なく使い続けられた」と。
”ふつうに使ってる”の意味は?
ICT利活用の事例がよく分からない人にこの”ふつう”を説明するのはひどく難しいのですが、簡単な表比較を作ってみました。
表1は、いわゆる昔ながらの(デジタルシフト前の)日本の学校のコミュニケーション手段を書き出してみたものです。左端にある同時かつ場所共有を前提とした対面授業に最適化されたシステムですが、逆にこれらに依存し過ぎているために、登校不可・接触禁止になってしまうと、赤枠で囲んだ手段に頼らざるを得なくなります。いずれの方法も普段より格段にコスト(料金・時間・手間)がかかりすぎるので、効率が悪く、長期的な運用には耐えられません。
*媒体託送は回覧・ポスティング・郵送などを指します。
*中継や録画放送が括弧書きなのは、ICTを用いない前提ではマスメディア等に頼らざるを得ないので現実的でないからです。
表2は、普段からクラウドを活用している(デジタルシフト後の)学校のコミュニケーション手段です。これらの学校の条件は、① 学習者1人1台情報端末整備が完了しており、学習者がコンピュータを日常的文具的に使っていること、② 学校生活に関わるコミュニケーションの大半にオンライン・クラウドのサービスが用いられていること、です。
*連絡応答手段とは利用者個別に公式IDを付与したメール・ショートメッセージ・SNSなどテキストを中心としたコミュニケーション手段全般を指します。
*フォームはGoogle Formsなどに代表されるウェブ上でアンケート出題・回答が行える仕組みです。
*クリッカーは主に授業中に学習者から反応を得るために、簡単な選択(4択が多い)問題を出して答えさせるための仕組みです。Kahoot!やQuizletがよく知られています。
*課題割付回収はGoogle Classroomやclassiなど授業用に設計されたクラウドシステム(LMS :Learning Management System)で、教員が〆切付きの課題を指定学習者に割り付け、回収したレポートを採点・添削・返却までを行うための仕組みです。
*(デジタル)サイネージは大型ディスプレイに掲示物を表示させるもので、最近は駅などでもよく目にします。学校では昇降口に設置したり教室テレビを利用するケースが多いです。
ここで注目すべきは左端の同時かつ場所共有を前提とした対面授業でも、日常的にクラウドのサービスを活用しているので、登校不可・接触禁止の条件で右側に移行しても、共通の手段を使い続けられるメリットです。まどろっこしい説明で恐縮ですが、”ふつうに使ってる”ので混乱しない、というのはつまりこういう理由なのです。
ICT利活用のどこが違うのか
ICT利活用をアピールしていながら休校措置に機敏に対応出来なかった学校と、さして混乱がなかった学校との違いは何でしょうか?表3に特徴をデジタルシフト前後でまとめ直してみました。おもに4点指摘します。
連絡応答手段の有無
休校想定のないICT活用での大きな違いは、連絡応答手段の有無です。
ふだんの教室授業しか想定しないICT活用では、短時間場面的な作業しかさせないので、児童生徒を個別IDで結びつける必要がありません。いわゆる小道具的ICT利活用です。これらの学校は休校措置で登校不可になった途端、連絡手段を失ってしまい身動きが取れなくなってしまいました。
これに対して、個別IDを付与してオンラインの連絡応答手段を日常利用している学校は、登校不可条件でも迅速かつ柔軟に連絡がとれる(=情報ライフラインの確保)メリットが活かせた訳です。
利用頻度の違い
日本の教育情報化では、ICTは長らく授業のための教具として捉えられてきました。しかしながら、教員に高い指導力と負担を求めたことが逆に現場では敬遠され、児童生徒が活用するシーンはひどく少なくなってしまいました。利用頻度が低いことから、利用者の操作習熟度は低いままで、著しい操作スキルの格差は円滑な授業を阻害する大きなリスクになってしまっています。
一方、個別IDを付与して普段から文具として使う学校では、日常利用によって操作習熟度は向上するので(特に下位層の底上げが期待出来る)、休校措置で新しいサービスや課題に取り組んでも、トラブルは生じにくいと言えます。
授業支援システムの設計思想の違い
授業支援システムの設計思想もまた大きな影響を及ぼしています。
教室限定の授業支援システムは登校不可条件では使えませんが、Google ClassroomなどのクラウドLMSは学校や家庭といった利用場所を選ばないので、家庭学習でも問題なく利用出来ます。
オンライン学習の方法
実はオンライン学習には様々な方法があります(別項で解説します)。対面でのICT利活用しか想定していない大半の学校は、ふだんの一斉授業の再現を想定するわけですが、オンラインでの長時間の遠隔授業や動画配信は、① 学習者側が長時間視聴に耐えられない、② 通信量が過大になりすぎる、③ 指導者側にも負担が大きい、など持続性に問題があります。
クラウド活用している学校は、クラウドLMSとビデオ会議を併用することで、冒頭短時間(5分程度)の遠隔授業・動画配信と読み物資料や課題をLMSで与える事で無理のなく学習活動を促すことが出来ます。先に示した海外事例は、まさにこれの事を紹介している訳です。
事業継続性の視点で考えよう
大きな企業は危機対応時の事業継続計画(BCP : Business Contingency Plan)を作りますが、ひるがえって、学校の事業継続性って何だろう?今の学校の状況をどう評価し、どのような手を打つべきか?と考えると、なかなか難しい状況にあることが分かります。
この要素分解はまた別に述べますが、実は、児童生徒・保護者・教員間の連絡応答手段(=情報ライフライン)が十分確保されておらず、特に新学期を迎えた4月以降は宙ぶらりんの状態になっていることが、児童生徒本人や保護者のフラストレーションになっていることは十分に予想出来ます。
特に小学校の教員にとっての4月は「学級びらき」「学級づくり」が最重要テーマで、教室で安心して取り組める雰囲気を早く作らないと、学級経営や学習に多大な影響を与えることは常識ゆえ、このままの状況で学校再開すれば、大変な事になりそうだ、と誰もが危惧するところでしょう。
ちょっと長くなりましたので、続きは次回