風越学園の1人1台はやっぱりすごかった
前回の7/1に引き続き10/20に軽井沢風越学園を訪問出来ることになった。僕は風越学園のCDP(カリキュラムディロップメントパートナー)の一員として、ICTの日常活用視点から助言をするのが主な役割だが、この風越学園こそ、本格的な1人1台学習者情報端末運用と学習者中心主義を国内実証する貴重なフィールドでもある。
さて、前回は第1回アウトプットディとして保護者も多数参加し子どもたちのアウトプットを紹介する日で、もちろん驚かされる事もたくさんあったのだけど、普段の子どもたちとはおそらく動線も使い方も違うので記事にするのを躊躇していた。今回は日常の落ち着いた様子を見せてもらうことが出来たので、あらためてその活用の位置づけをまとめたい。あと、もうひとつ大きな課題があるのだけれど、それは次の回で。
開学前から本格的登校まで
風越学園では開学前の2019年時点から、すでに1人1台学習者端末構想は織り込み済みで、並行して学内コミュニケーション・プラットフォームとなるtyphoonも着々と開発が進められてきた。2019年夏頃、ゴリ(岩瀬)さんからは「1人1台は基本3年生以上で、学校が落ち着く夏くらいに導入かな」と見通しを聞いたので、「デジタルシチズンシップ*1 のカリキュラム作りの伴走もそれに合わせて準備すれば良いか」、とのんびり構えていたのだった。
ところが、2020年は風越学園開学とコロナ禍が同時にやって来たので、当面子どもたちは真新しい校舎に登校出来ない状況が続くことになった。そこで、急遽1年生以上の子ども全員が4月にChromebookを手にすることになり(1・2年は貸与、3年以上は保護者購入)、オンラインメインでの軽井沢風越学園がスタートした。Zoomによる朝夕のつどい、typhoonによるふりかえりジャーナル、補助的にQubenaを用いた算数/数学の個別学習を行うというスタイルだったという。これらは、学級全員をZoomに参加させて通常授業枠をかっちりやるとか、板書と語りをビデオ録画して配るとかいった、いわゆるオンライン授業ではない。学習コンテンツの提供や授業時間の拘束よりは、むしろ、コミュニケーションを基軸においたものだったといえる。
というわけで、本来であればもっと念入りに準備するはずだったICT導入プロセスが、コロナ禍の影響で突如前倒しになり、しかも、子どもたちに多くを委ねることになったというのが、4月休校5月分散登校を経て6月通常登校に至るまでの大雑把な流れだった。
6月1日からいよいよ通常登校が始動したのだが、当初はCDPのメンバーも訪問出来ず、たまに現地のゴリさんをつかまえては、校内の様子をiPhoneでリモート中継してもらう、というのが唯一の状況把握手段だった。その時に教えてもらったのは、例えばこんな事だった。
- 3年生以上のChromebook利用についてログイン・パスワード入力、アプリケーションの利用も含めてほぼ問題なく行えている
- 校内でChromebookを持ち歩いてZoom鬼ごっこをしている(中継映像を見て場所を判別する、なんてハイテクな遊びなんだ!)
最初期にはいろいろ手順説明もあるし、約束事も教えなくてはいけないし、などといろいろ面倒な事を考えていたのに、そうした懸念をいっぺんに飛び越してしまった事が一番の驚きだった。控えめに言っても「これはすごいことが現在進行している」という感触を持った。
風越のスタイルとは
7月1日と今回10月20日の2回の訪問で、やっとこの目で子ども達の様子を確かめる事が出来たのだが、いくつか特徴を書きだしてみることにしよう。風越のスタイルとしてはもう当然過ぎる話も入っているのだけれど、おそらく一般的な学校に慣れている側とすれば、こんな事に注目するはずだ。
端末の個性化
米国教育省のテックガイドにも子どもが自ら端末をデコったり、画面壁紙を好きなものに変えたり、といった個性化を推奨する記述がある。個性化が端末への愛着度を高め、大切に扱う理由になるという経験則である。風越の子も画面壁紙は好きにしているし、Chromebookの天板にシールを貼ってる子も半分以上。割合としては男の子のシール率が多いようだ。
文房具のように
風越の子どもたちは筆箱と一緒にChromebookを持ち歩き、気に入った場所で開いてそれぞれ使っている。そのうち電池が足りなくなってあわてて充電用のコンセントを探しに行くというのも、日常に根付いていることをうかがわせるシーンだ。
一斉操作場面がない
比較的PCを使う場面でも、教員(風越学園ではスタッフと呼ぶ)が逐次操作指示して全員が一斉に同じ操作をする、という場面が見られない。つまり、単純な指示タスクに従わせて操作を覚えさせるような事は風越ではそもそもやっていないし、そんな段階はとっくに終わっているということだ。
作業空間が自由にとれる
風越の学習スタイルは、学習集団のまとまりはあるものの、広い空間で作業場所を比較的自由に決められるので、大きめのテーブルにいろいろ拡げて進められるメリットがある。Chromebookはじめ、様々な道具の置き方や利用頻度にも個性がある。
道具立てが任されている
作業空間の作り方と同様、道具立て(どの手段を使うのか自分で決めること)が個性化されている。ひっくり返して言うと、教員からの道具縛りがユルい。同じ学習課題でも、紙媒体とChromebookの作業比率は子どもによってだいぶ違うように見える。道具立ては試行錯誤経験の積み重ねで精緻になってゆくので、こうした隙間があることは大切だ。
学びの社会化
学びの3態(個別化・協働化・社会化)のひとつ。社会化は学習成果をアウトプットして対外的な働きかけを行う段階を示す。これをどの範囲でどのくらい本格的にやるか、によって子どもたちの手応えも変わる。
「作家の時間」で作ったエッセーを綴じて冊子化したり、アウトプットディでコマ撮りアニメを披露したり、スライドでまとめてプレゼンテーションしたり、といった活動が組み込まれている。こうして対外的な働きかけがICTで強化されることで、子どもたちの活動はより活性化される。
高度な使い方が錯誤されている
学校新聞を作るためにGoogleドキュメントの機能を使って原稿共有や校閲をしたり、写真データをサムネイルで管理してスライドに貼り込んだり、実験の様子をアウトカメラで動画撮影したりといった、ちょっと尖った使い方が各所で見られる。クラウドのストレージや共有機能が上手に使えるようになると、扱える情報が格段に増えるのでアウトプットのクオリティにも影響してくるだろう。
キータイピングは能力差がある
大雑把にみると、5年以上はこのわずか数ヶ月でキー入力が早くなり記述量が大幅に増える傾向があるのに対し、3~4年はキーボードを使うと手書きよりも文字数が減ってしまう子も多い、とのこと。特にキーボードトレーニングの時間は設けていないが、子どもたちは「キーボー島アドベンチャー」や「寿司打」などキーボード練習用アプリをよく使っているらしい。
ちなみに、記述量や内容の変化については「あすこまさんの授業ですごく成長している!」という話が出ているので、そのへんはまた回を改めてじっくり考えてみる事にしたい。
ということはつまりどうなのか
さて、ICTの活用に関してもう一巡り考察をしてみよう。
誰がもっぱらICTを使うか、
使い手によって使い方に差があるか
学校における一般的なICT活用では教具発想になるので、教員がもっぱら使う、あるいは、子どもが使う時でも教員とは使い方(使わせ方)には歴然とした違いがある。
風越の場合は、例えば、ノートパソコンでもスタッフ(教員)機と子ども機は仕様こそ違うのだけど、同じ空間にさりげなく同居している。よく見ないとどれがスタッフ機なのか分からない。スタッフも子どもも日常的文具になっているので、双方の差が目立たない。細かく見れば当然ユーザーに許可されている事やアプリも異なるはずだが、Chromebookの基本的な仕様であるG Suiteのアプリや文書共有の機能は有効で、学内コミュニケーション・プラットフォームtyphoonへのアクセスが出来る。日常的な作業環境が文具的に同じレベルで設定されることで、例えば、ドキュメントやスプレッドシート・スライドといった汎用アプリのライフハックがそのまま適用できるメリットがある。
もうひとつ特徴的なのは、プロジェクタや大型ディスプレイの使い方だ。これらは講義説明用だから、通常なら教員だけが扱える機材として位置付けられる。しかし、風越の第1回目アウトプットディ(7/1)の様子を見て驚かされたのは、わずか数週間の経験しかないのに、子どもたちがこれらを難なく操作して、スライドを用いたプレゼンを堂々と行っていたことだった。教員がやっている事は子どもも同じようにやってみたいだろう。そうした動機づけが十分活かされている。
ICTの利用場面・操作・手順は誰が決めるのか、
道具縛り/自由度があるか
教具型のICT活用では「教育効果が見込める場面に焦点付けして使え」が指導の基本とされるから、教員があらかじめ活用場面や操作手順を厳密に決めておき、学習者側の都合は聞かずにスポットでタスクを与えるのが普通だ。
ただ、この方法では子どものICTスキルに格差があると、限られた時間のなかでは(特に低スキル層の)操作トラブルが起こりやすく、トラブルを嫌えばスキルを要求しない単純タスクになりがちで、せっかくのICTの効果をスポイルしてしまう。
風越の場合は、4月からの文具的活用を通じて基礎的操作にある程度習熟していること、一斉操作場面がないことに加えて、子どもの側にある程度の道具立てが任されている(道具選択の自由度が大きい)ところに特徴があるようだ。こうした自由度の大きさが確保されていると、ある方法が苦手な子は別の方法で補おうとするので、特定のスキル格差がダイレクトに成果に跳ね返らないという特徴をもつ(もちろんこれにはメリット/デメリットがあると思うが)。
また、最終的なアウトプットのイメージは共有されるけれど、途中のプロセスが学習者側に任されるような形でタスクが課されれば、段取りは学習者自身が行うことになるので、自律した学習を遂行するための自己調整能力が鍛えられる。こうした学習の進め方は、いずれも学習者中心のICT文具的活用の重要なポイントを示していると言えるだろう。
ただし、日常の文具的活用には同時に課題も立ち上がってくる。これらは導入直後の興奮を過ぎた後数ヶ月で経験するあらゆる挑戦だ。風越学園としてこうした課題にどう対処すべきか、次回はその点について詳しく考えてみたい。
*1 デジタルシチズンシップ:情報技術の利用に関する適切で責任ある行動規範のこと。日常的活用を前提として、テクノロジーの善き使い手となることがデジタルシチズンシップ教育の目標とされる。