#5 ICTの適用領域

先日の文科省文書で「学校で既に整備されている端末を持ち帰って活用する」(2020年4月23日付事務連絡)との記述に困惑した学校も多かったでしょう。学校のノート型タブレット型コンピュータの多くは、授業外の利用や校外へ持ち出す事を前提にしていないので、仮にそうしようとすれば、設定変更に莫大なコストがかかるからです。
いうまでもなく、ICTは機器・ネットワーク・システム・コンテンツ・運用管理等から構成される複雑なエコシステムです。これらを目的にあわせて円滑に機能させるためには、俯瞰的な見取りと構造的な計画が必要です。

では、GIGAスクール構想のゴールイメージは、このたびのコロナウィルス対策休校措置で変わったのか、変わらなかったのか、どちらでしょう?
私の認識は次の3つです。

・休校措置に関わらずGIGAスクール構想のゴールイメージは変わらない
・ただ、このゴールイメージは関係者の共通認識になっていない
・休校措置下では、限られたリソースを段階的にどう活かすかが課題

本稿では、このゴールイメージの共通認識にこだわって、これまでの解説も含めて分かりやすく説明したいと思います(3点目は次回説明します)。

ICT利活用の用途(2020年版)

すでに、こちらの記事で紹介してきたように、2014年の文科省によるICT利活用分類は1人1台の日常利用前提の分類になっていないので、これをブルームのタキソノミーや学習指導要領のコンセプトと併せて「ICT利活用の用途2019年版」に整理しました。特徴としては、左側(紺色背景)に「知識技能の習得」右側(緑色背景)に「思考力・判断力・表現力等の育成」を配置し、それぞれに適用可能な学習形態(一斉・個別・協働)と具体的方法を配列してあります。

これをデジタルシフトSAMRモデルの段階的移行をもとに整理したのが2020年版です。左下から右上に向かってICT利活用の適用範囲を開拓していくイメージですが、【A一斉学習】と【B個別学習】との間に【D日常利用】を配置したのは、このデジタル情報ライフラインがないと、右上の綠の部分(つまり思考力・判断力・表現力等の育成)が使えるようにならないからです。これこそが、【3人に1台】時代と【1人1台】時代とを隔てる大きな壁になっているという認識です。

表1 ICT利活用の用途・2020年版

もっと大雑把にすると

表1の要素を単純化し、情報量の多少も加えて書き直したものが表2です。表の左側から右側に向かって、学習者が直接扱う情報量が増えていきます。詳細は表の下にまとめました。

表2 ICT利活用の用途と情報量の違い (2020)

A一斉学習
A授業活用:対面授業を前提とした電子黒板やプロジェクトによる【A1 教材提示】、場面的な【A2/C1 発表・話合い】が含まれます。
A遠隔授業:動画配信やテレビ会議を用いた授業参加が含まれます。
いずれに場合も学習者はもっぱら手書きが中心です。

D日常利用
公的ID付与とクラウド基盤の活用を前提としたデジタル情報ライフラインの確保が含まれます。これによって、教職員・児童生徒・保護者が1対1でメールやチャット(メッセージアプリ)等を使って迅速に連絡応答出来るようになります。
学習者が用いるのはスマホやコンピュータなどの情報機器です。

B個別学習
B宿題配布:学校サイト等から教材資料・宿題をダウンロード・印刷して【B5 家庭学習】に用います。学習者はもっぱら手書きが中心です。
B個別最適化:学習者の理解度に合わせて出題を調整する【B1個に応じた学習】はネットワークに接続したコンピュータがなければ使えません。
Bクラウド活用知的生産:クラウド上で学習者の表現・作品を構成・蓄積します【B2調査活動】【B3思考を深める学習】【B4表現制作】【B7学習計画・評価】【B8ポートフォリオ】が含まれます。学習者はもっぱらネットワークに接続したコンピュータ上で作業します。

C協働学習
Cクラウド活用協働作業:複数の学習者がクラウド上でグループ作業を行います。遠隔地でも同時でなくても作業継続出来ます【C2協働意見整理】【C3協働制作】【C5学習成果の社会化】が含まれます。学習者はもっぱらネットワークに接続したコンピュータ上で作業します。

GIGAスクール構想の学習者1人1台端末整備は当然ですが、その前提として、クラウド活用が述べられていることが実は重要です。AからDまでの全てをICT活用の適用範囲にすれば、通常の対面授業でも、休校措置(登校不可・接触禁止)の状況でも、用いる手段はほぼ同じなので、学習活動が問題なく継続出来るという訳です。
したがって、今回の休校措置に関わらずGIGAスクール構想のゴールイメージは変わりません。GIGAスクール構想のコンセプトを正しく理解して実装すれば、このような学校機能がマヒしそうな事態でも、事業継続性としては何の問題もないでしょう。

でもゴールイメージはバラバラ

しかしながら現状最大の問題は、いわゆる識者や教育委員会の指導主事クラスでも、GIGAスクール構想のゴールイメージをうまく言語化出来ていなかったり、大誤解している人が結構多いということです。
例えば、これまでもっぱら教室内での教具的活用ばかりを先導してきた人が、ここにきて急に(授業外の)学習者と教員とのコミュニケーションが大事、とか言い出しても具体性や現実感に欠けてしまいます。

表3 誤解されるICT利活用の適用範囲 (2020)

我が国では、長らくA一斉学習:授業活用でのICT利活用だけが偏重され、年数回程度、もっぱら教員が授業を管理統制し、情報を与えるための【教具】として使ってきたので、このたびのコロナ対策休校措置でも、もっぱら注目を集めたのは、授業をどう再現するか、あるいは、資料や宿題をどう届けるか、ということでした。
つまり、この想定では授業シーンでの情報機器や特定の授業システム活用ばかりが強調される一方、学習者の持続的な学びに関わる個人識別のIDもクラウド活用も視野に入っていないので、学校での対面授業で出来る事以外は基本的にICT適用の埒外です。これを前提にすれば、休校措置状況で出来る事もまたきわめて限定的です。

・授業シーンの教具(小道具)的活用、または、一方向的な動画視聴か不完全な双方向性の遠隔授業(A一斉学習)
・紙媒体でのインプットとドリル学習が中心(B個別学習)
・学習者との連絡応答・対話機会が不足(D日常利用を前提にしていない)
・協働学習の場面が構成できない(C協働学習)

そう、これはこれまでのパソコン教室への情報機器配備のイメージのままです。これをゴールイメージにしてしまうと、いくら情報端末やモバイルルータを家庭向けに貸与しても得られる効果は少なく、学習者の達成感も低いでしょう。

授業限定から日常活用へ

何度も耳タコになるくらい繰り返しますが…
GIGAスクール構想のゴールイメージは学習者の学びが、日常文具のように活用される情報機器とクラウドを中心に展開していくということです。そのためには、公式ID付与による個人識別とクラウド基盤の活用は絶対不可欠な条件です。休校措置状況でも、次のようなメリットは通常時とほぼ変わらず享受出来ます。

・A一斉学習・B個別学習・C協働学習を目的に応じて柔軟に構成出来る
・学習者・保護者・教員が連絡応答手段をもち、対話機会が確保出来る(D日常利用)
・クラウド活用で、いつでもどこでもどの情報端末でも自分の学習環境を再現・作業続行出来る
・「知識技能の習得」と「思考力・判断力・表現力等の育成」の両目的に情報環境を活かす事が出来る(B個別学習・C協働学習)

1人1台の環境を効果的にかつ持続的に構成出来ている学校では(教員が無理や苦労をしなくても)【ふつうに】展開可能な状況がすでに作られています。
では、不変のゴールイメージに向かって、現状の限られたリソースを活用してどのようなステップを重ねるべきか、その具体的な方法については次回述べたいと思います。

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