システマティックな評価体系

触媒的学校評価のポイント1
「学校評価として、システマティックな評価体系を持つこと」の解説

「学校評価」とは、公教育の体系に組み込まれた制度そのものを指すのが一般的で、制度の外側にある学校口コミサイトやランキングサイトは、ふつう学校評価と言わない。では、制度外部にある様々な営みは、ただそれだけの理由で、全部が全部学校評価とは言えないのか、といえば、それは違うというのが筆者の考えである。

日本の学校評価制度は、学校の組織と経営の改善を主目的としているため、学校間のパフォーマンス格差を測る手段としては、まったく役に立たない。これは誤用や過度の競争が生じることを懸念して、あえてそのように組まれているのであって、制度設計上の意図と配慮としてはおそらく正しい。

ただし、昨今の学力調査結果の数値公開議論に歯止めが効かなくなって、ひとたび暴走をはじめれば、学力パフォーマンスのみが学校の価値を測る評価尺度として、一人歩きをする危険が高い。数字は分かりやすいから、当事者以外はランクの上下で大騒ぎするネタが増えて結構だが、そもそも、尺度が単純で分かりやすいことと、実態を正確に捉えやすいこと、とは全く別の次元の問題である。過去の記事でも述べたように、そもそも学力一本で学校のパフォーマンスを測るのは意味がないし、各地の様々な事情や学校の個性や小さな改善を全部つぶしてしまうことになりかねない。

では、学校の価値が、学力だけで測れそうにないのが明らかなら、学力以外の要素も加えて、多次元尺度で表現することが望ましいと考えてみよう。とすれば、問題は、何を価値として規定し、かつ、どのように測れば、もっともらしく、世間の信頼に足るかということになる。前者の、何を価値として規定するかについては、別のコア・コンセプトとして説明するので、ここでは扱わない。後者の、どのように測るかという、手続き的な課題が、まさに本稿の言わんとする「システマティックな評価体系」そのものである。

評価結果にもっともらしさを与える方法はいくつかあるが、最も単純なのは、結果に権威やお墨付きを与えるやり方だ。たいがいの場合は公的制度だったり、認定・資格の形をとったりするが、コンテスト等では審査委員にその道の権威者を並べたりもする。だが、制度の外部にあって、たかが一研究者ごときが評価を行うとなれば、権威もお墨付きもないところからスタートしなければならない。

こんなときに役立つのが基礎・基本だ。心理統計や社会調査の教科書には、必ず妥当性(validity)と信頼性(reliability)の2つが解説されている。これに加えて、信頼のおけるソースから情報を得ていることと、評価構造とプロセスが透明で、追試可能であることが加われば、権威がなくても、客観的に評価の妥当性と有効性(あるいは限界)を示すことができる。これは科学的研究における基本中の基本なのだが、まさに「システマティックな評価体系」の意図するところであって、怪しい口コミサイトやランキングと一線を画するには、不可欠な要素なのである。

触媒的学校評価をコンセプトとしている活動は、いずれも多次元の学校価値を測るため、学校評価の1軸を担うことを視野において、「システマティックな評価体系」をベースとして成り立っている。それぞれのプロジェクトにおける具体的な評価方法については、プロジェクトの記事で解説したい。

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